コールド負け

 



「あれ、仕事帰り?」
「今夜は飲み会で遅くなったんで直接来ました。ダメっすか?」
「…そんなはずないでしょう?どうぞ」
 マンションの扉を開けた百枝はコンビニの袋を提げた花井の姿を見るなり顔から足先まで素早く視線を巡らせてニッコリと微笑んだ。薄く開けられたドアから玄関へと花井が足を踏み込むと、甘い花の香りが出迎えた。ここの家のシャンプーの香りだ。この香りを嗅ぐ度に「帰ってきた」と安心すると同時に身体の奥が甘く疼く。今夜は軽くアルコールも入っているせいか、さらにその香りが甘く感じる。少し酔ってるな、こりゃ。やはりチャンポンで飲んだのがまずかった、と先輩に薦められた酒を思い浮かべながら花井は靴を脱いで部屋に入った。
「外でメガネをかけてるのって珍しいね」
「あー、今日はケースを忘れちゃったんで掛けっぱなしにしてた」
「ふぅん」
 それ以上は興味ないという風に相槌をして百枝は寝室へと消え、花井はソファーへと座って上着を脱いだ。少しだけ堅苦しさから解放されてほっと一息をついていると、背後からの声に呼ばれる。
「スーツ、シワになっちゃうから掛けておくよ。貸して」
「あ、じゃぁコレ…」
 差し出した上着をハンガーへと掛けながら百枝は再び寝室へと消えた。その背中を見送ってから、花井は途中で寄ったコンビニの袋の中身を取り出しテーブルへと並べ始める。
「まりあさーん、酒とツマミ買ってきたけど飲むー?」
「飲むー!すぐ行くから待ってて」
 ビール、発泡酒、チューハイ、カクテルと並べ、ピスタチオとポテチを取り出してコンビニの袋を結ぶようにしてまとめる。
 さて、グラスと皿がいるな…。男同士なら酒は缶のまま、ツマミは袋から直接摘むところだが百枝はそれを味気ないと言って嫌っていた。花井にとっては既に勝手知ったる他人の家だ。酒席を整えるため、花井は迷うことなくキッチンへと向かった。
 グラスにそれぞれが選んだ酒が注がれ、小さな皿にはピスタチオ、少し深みのある皿にポテチとこの家に残っていたクラッカーが適度に盛られている。百枝が冷蔵庫にある野菜で作ったスティックにはマヨネーズとクリームチーズのディップが傍に添えられ、それらを全部並べるとテーブルの上は一気に華やかになった。男同士の飲みではこうはならない。まず野菜が並ぶことなどないな、と花井は改めて女性ならではの気遣いとそれが自分に向けられていることにひっそりと感動していた。
「それじゃぁ、乾杯しよっか」
「そっスね」
 軽く合わせたグラスがぶつかる小さな音がテレビのボリュームを絞った深夜に小さく響く。けれど、その音こそが長い夜の始まりの合図でもある。
 二人きりの部屋。とても外ではお目にかかれないようなくつろいだ服で、アルコールが深くなるにつれ、しどけなくなっていく身体。目の前にいるのはかつて身を焦がすほどに憧れた女性であり、手に入れた今、手放す気など全くない唯一の女だ。
 しかし、どうしてこの人はこうも無防備かなぁ…。グラスを傾けながら花井は白い泡の向こうに百枝を映しながらビールを喉に流し込んだ。部屋の外は夜ともなれば肌寒いというのにラ・フランスのチューハイで唇を湿らせている百枝はキャミソール姿だ。こくこくと飲み干す細い首から鎖骨へと視線をやって、白い胸元まで降りたところで花井は野菜スティックに手を伸ばした。
「まりあさん、寒くないの?」
「お風呂上りにストレッチやってたからね。それにコレ飲み始めたし」
 コレと掲げたグラスの中で淡い金色がゆらりと揺れて小さな泡がふつふつと立ち上っては消える。なんてことないチューハイがきらめいて見えるなんて、自分はどこまでこの人に惚れているのだろうかと花井は密やかに口元を綻ばせた。
「花井くんこそ、暑苦しくない?そんな格好で」
「あぁ、ちょい苦しいかも」
 グラスをテーブルへと置くと花井はネクタイを人差し指で引っ掛けて緩めた。ついでに同じ指でボタンも二つ外して首元を楽にする。この際、ネクタイも外した方がいいか、と思い直し手をかけたところで指が止まった。何気なく上げた視線の先に、じっと見つめる百枝の顔が。酒に強いこの人にアルコールが回るにはまだ早いはずだが。花井がそう思った理由は、切れ長の瞳にじわりと浮かぶ熱を見つけたから。
 それは花井を見ているようで別の誰かを見ているような見知らぬ色を湛えていて、花井の胸の内に言いようのない感情が渦巻く。
「いつもと、雰囲気が違う…」
 そう言って百枝は床に手をつき、猫のようなしなやかさで花井の隣りへと擦り寄る。
「あぁ、そうか…。メガネだから…?」
 伸びてきた指にメガネを取られ、瞬間歪んだ視界を嫌がって花井は目を閉じる。
「スーツなんて、似合うようになっちゃって」
 緩めたネクタイをぐいと掴まれ、その衝動で花井は再び目を開けた。眼下に唇を小さく噛んだ百枝が上目遣いで睨んでいて、花井はほんの少しだけ怯んだが、捕らえられたネクタイが距離を置くことを許さない。
「…そうやってキミはどんどん大人の男になって、私の知らないところで知らない誰かにその姿を見せてるんだね」
 静かな口調は昔のまま。百枝は喜怒哀楽の喜楽に関しては惜しみなく表情を崩すが逆の感情については静かに平坦になる。これは怒っている。花井はそう判断するが、その理由に思い当たって頬を熱くした。責め言葉の中に見え隠れする甘さに気付かないわけではない。それが大人になったという証ならば、百枝も気付かれていると知った上で拗ねているのだろう。しかし、気付いたところでどうすればいいと言うのだろう。
 ネクタイを握りしめ花井を逃がす気配のない百枝は容赦なく距離を縮めるどころか無くそうとしている。柔らかな感触が花井の胸に押し当てられ、花井は息を飲んだ。
 そんなの卑怯だろ。こっちは武器などなくて丸腰に近いというのに。百枝がその気になれば、いつだってこっちは降参するしかないのだ。
 日焼けした顔の中でキラリと瞳が光る。だが、その褐色の肌は首を境にして白に転じる。鎖骨から下は本来の肌の色が剥き出され、弧を描き始めるラインの白さとキメ細やかさはまさに懐刀となって花井の目と意識を奪いトドメを刺すのだ。
「…生意気」


 呟いて近づいてくる唇に花井は瞳を閉じた。それは逃げでも諦めでもなく、陥落のしるし。
 衣擦れの音と共にネクタイが抜き取られ、シャツのボタンが外されていく。肌蹴られた胸に男ならば抗えない甘い弾力の温もりが重ねられて、柔らかい重みに花井は押し倒された。
 百枝の細い腰を抱えていた大きな手がキャミソールの裾を掴んで引き上げる。白いキャミソールを脱ぎ捨て顔を出した百枝は、自分の影の中から見上げる花井の手に引き寄せられ深い口づけを受けた。



End



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  「110m」 睦様からいただきました

 「きゃああああああああー!!」って叫ばずにはいられないでしょ!?
 すごいよね!凄い!!
 あまりにアダルト!あまりにセクシーすぎっ!!
 もう鼻血ブーもんです(笑)

 オトナの恋の駆け引き・・・しっとりと魅惑的なムード・・・
 そしてそこはかとなくかもし出されるエロスな香り・・・・
 ああっ!もう、堪りません!!
 こうゆうアダルトな雰囲気の作品も自分は大好物です!
 エロス最高っス!


  この睦様の素敵な作品に、僭越ながら挿絵を描かせて頂きました。
 そして捧げさせていただきました。
 イラストはモモカンが「生意気」発言しているシーンです。
 ちなみにコレ2枚目。
 最初に描いたのはエロすぎてボツ・・・ダメだろ、自分 oTL(笑)
 いや〜・・・描いててすっげえ楽しかったです!

  睦様とっても刺激的な作品をありがとうございました!!
 

 
 この作品を下さった睦様のサイトはコチラです→ 「110m」 様